上野にて北斎の富士山の浮世絵が特別に新春だけ公開されるとの事で、ワクワクしながら出かけた。
上野公園を交番横の南側の入り口から入り階段をトントン上り、 西郷さんの銅像の横をササッとすり抜け、ズンズン歩いたら 「肉筆浮世絵 美の競艶」 のポスターが現れた。
よし、これだ!と館内へ 館内に入りまず気づいた。
着物を着た女性の浮世絵ばかりで、 富士山や波しぶきなどの風景画が全くない。 そこでハッと気づいた。 そういえばテレビで告知を見たときに画面に映っていたのは 東京国立博物館。
そして自分が何の迷いもなく足を踏み入れたのは 上野の森美術館(^.^)
やってもうたーと思いつつも、せっかく支払った入館料分(一般1500円)はエンジョイしようと思った。
しかし、そんなことを思う必要もなかった。
目の前の浮世絵マエストロたちの緻密で大胆で斬新で洗練された作品の数々を見ていたら、こちらに迷いこんで入ってきた事に感謝した。
なにより感激したのは、着物の柄の描写。
世界には、ものの壮大さで人々を感動させるものがある。
ピラミッドなどの建築物など。
それらとは反対に、自分の目の前数センチ先にある世界は、 ミクロの世界に凝縮された、極限まで研ぎ澄まされたデザイン感覚、 筆づかいの技術、表現力。
インターネットで何かを調べて、ものを見た気分になってしまう感覚とは、 まるで異なる体験。
歌川豊広や歌川豊春、奥村政信などの巨匠たちが、 「わたしの筆さばきを堪能あれ!」 と語りかけてきているようであった。
実際、作者たちはどんな思いを筆に込めたのかはわからないけど、 見る人が楽しんでくれたらよいなという気持ちで描いたのだとしたら、 その目論見は大成功です。
新年早々、おめでたいものが見られて感謝です! 日本の美を存分堪能させて頂きました。
おまけに目の前にぶら下がる掛け軸は当然、巨匠たちが触れたもの。
描いている姿を想像するだけで、じつに興奮しました。
見終わった後、作者たちのパワーが注入されたような感覚になった。
視覚による陶酔感 visual euphoria
visual は ラテン語のvisus「見る」という言葉が語源。
visualは、visionと関連のある単語で、由来は古代にさかのぼると 印欧基語やサンスクリット語で「知る」という意味が由来らしいです。
知ること=見ること ということですね。
やはり本物は最高
