過去の努力が現在の実力
現在の努力が未来の実力
当たり前の事実を文字にすることに何の意味があるのだろう。
でも人はその文字にするという行為を古代から継続している。
この行為を通して何を高めたい? 何を残したい? 何に気づきたい?
フルスピードで進歩を遂げるテクノロジー(ストレスと諦念と虚栄心とエゴを伴った)に包囲された世界にいても、俺たちの肉体は原始的なまま。
四角いスクリーンにテザリングされた、閃きと倦怠が打ち寄せる脳を抱えるボンヤリした頭の正面には、野生と惰性の揺れ動く男や女の顔がくっついている。
社内でも車内でもそんな光景は、ヨーケイジョーみたいだね。以前よりもさらに。
バランスを守るために、友人と会い、旅行をして、歌を唄い、踊り、
ストリーミング、映画鑑賞泣き笑い、忘れ、夢想、空想、ビジョンを描き、転んでは寝て立ち上がり、硬直し弛緩、
浪費の後の空虚感、喧騒の中のソリチュード、孤独の中の静かな爆笑、折り合いをつけるためのこなれた謝罪、
行きたいカフェにブックマーク、いつか行けたらいいよねあの人と、
未来なんてどこにも存在しない ただただ 自分の脳内にだけ存在、
いつまでも与え続けられる Present そう No Future、
暮らしは続く、しおらしくヒグラシ、でもしずかに日夜研鑚
核家族化からの個族化
じっと見ていたら大切なものだけが残っている
こんな平穏な心に寄り添うのは、そう あの人の曲
スウィー アン グー メモリー ♪
ぼくの ニュー スゥネーマ パラダーイ ♪
そう、人は何度でも立ち直れる、やり直せる、どこからでも歩き始められる さ
不死鳥
鳥は飛び続ける

