3月11日から5年後の世界

まどろみの中にいる。
生まれたての卵や焼きたてのパンの様に言葉や映像がフンワリと浮かんでは消え、

消えては浮かぶ。

 

3月11日の朝よりも、震災関連のニュースを見て眠りについた翌朝の方が、
5年の月日の流れを静かな土曜の朝の中でじんわりと感じさせる。

 

あの当時住んでいた部屋のキッチンから見える緑道の風景を思い出す。
自宅の前に緑道があるのもあの部屋を借りた決め手のひとつだった。

 

緑道をジョギングする若いカップル、ウォーキングする老父婦、犬の散歩をする主婦、足早のサラリーマン、学生たち。
そんな光景を眺めながらの皿洗いという作業は大好きな娯楽だった。

 

地震直後に、本棚からパラパラと落ちた書籍たちの間を抜けて外に出て、
建設中のヒカリエのてっぺんのクレーンがポキっともげるのではと思うぐらいにグラングランと揺れているのを見た。

近くですでに緊急速報をチェックしていた女性三人組に震源地を教えてもらった。

 

自転車置き場へ向かう。

 

セルリアンタワーから外へ避難した人で道路は埋め尽くされている。
誰もが不安げにケータイの画面を見ているか、頭上を見上げていた。

 

その中にはひとりで不安げな外国人宿泊客もいた。

 

普段の自分ならば、東北で大きな地震が起きたのですよと、教えてあげるところだが、自転車に乗って緑道を突っ走って、電話口で怯えていた人のところへ向かう事を最優先とした。

緑道を自転車で一目散に自宅へ向かっていたときは、その後テレビであのような光景の数々を見ることになるとは思っていなかった。

 

 

土曜の静かな朝。

祈りの朝。

 

震災から5年。

関東に戻り、約3年。

 

母親と再会し、父親にも再会した。

空白を埋めるように、今までの溝を修復していく日々が始まるのかな。

 

車を走らせる音、飛行機が大気を突き進む音。

皆それぞれ生きている人々は、当たり前のようにどこかからどこかへ移動している。今日も。

 

鳥たちはチュンチュンと鳴いている。

君たちはウチらがどんな気分でこの朝の中にいるか知らんでしょう。

いつもの様に朝の陽射しの中で、チュンチュンとごきげんにさえずっている鳥たちに、

なんだか感謝の気持ちがわく。

 

変わる続ける世界の中で
いつもと同じであることが、
ありがたいと感じる

 

 

ありがとう

有り難い日常よ

 

 

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